新屋島水族館(しんやしますいぞくかん、英称:New Yashima Aquarium)は、香川県高松市屋島東町にある水族館です。
標高約300mの屋島山上にある全国でも珍しい水族館であり、2006年7月現在魚類を中心に286種類の動物を飼育しています。
新屋島水族館は、1969年に四国電力の子会社などが出資し、屋島山上水族館(やしまさんじょうすいぞくかん)として開館しました。
運営は、高松琴平電気鉄道の関連会社である株式会社屋島水族館が行っていたが2006年9月30日限りでいったん閉館しました。
10月1日付けでせとうち夢虫博物館株式会社に事業売却され、整備改修後、12月23日に「新屋島水族館」として営業再開しました。
せとうち夢虫博物館は、世界的水槽メーカーの日プラの子会社で、本水族館は日プラの最初の納入先であるいわば同社の事業の原点であることから経営を引き継ぐことを決めました。
今回の改修の目玉は回遊プールの新設で、このプールは、直径10m・地上部分2.2m・地下部分2.2mで、2頭のカマイルカを360°継ぎ目なく観ることが出来きます。
また、バンドウイルカのペアも隣のプールで観ることが出来きます。
前身 屋島山上水族館
専門分野 総合
事業主体
管理運営 せとうち夢虫博物館株式会社
開館 2006年12月23日
所在地 〒
香川県高松市屋島東町1785-1
ショータイム
イルカやアシカのショーが日に4〜5回行われているが曜日によって違ういます。
ショーの途中には「ふれあいコーナー」があり、選抜で餌を与えることもできます。
車で行く場合は屋島ドライブウェイ(有料道路)を通る必要があります。
当水族館開館に併せ、琴電屋島駅〜屋島山上間のシャトルバスが開設されました。
当初は土曜・休日のみの運行であったが、好評のため2007年4月1日よりJR屋島駅に乗り入れ、毎日運行となりました。
入館料は大人1200円、中学生・高校生700円、小学生・3歳以上の幼児500円、65歳以上の高齢者700円。屋島山上水族館時代よりも中学生と3歳以上の幼児が値上げ、高齢者が値下げとなりました。
四国 八十八箇所 遍路にちなむ文化
四国遍路にちなむ文化
四國邊路指南(しこくへんろみちしるべ)の刊行
ここまで四国遍路が盛んになったのは、貞享4年(1687年)に刊行された『四国遍路指南』という新書版の本の刊行によります。
この本を著したのは眞念という人であるが、そこには宿泊所情報なども盛り込まれており、遍路をしたい人にとって重要なガイドブックとなりました。
さらに、この本によって八十八箇所が固定化され、それまで順番などなかった札所の寺に順番が付けられたものと考えられます。
同行二人
仮に一人で四国八十八箇所をめぐっても、同行二人(どうぎょうににん)と言って常にお大師さん(弘法大師)と一緒にいる想いで巡礼しています。
「同行二人」は参拝の道具にも記されています。
同行二人の巡礼者ともう一人は弘法大師以外でも、亡くなった家族や先祖、帰依する如来や菩薩などのことを想っても良いとする教えもあります。
白衣
笈摺(おいずる)とも呼ばれています。
巡礼者が着なければならないとされている、白い着衣です。
四国八十八箇所の寺院や門前の店で購入すると「南無大師遍照金剛」と背中に書かれたものが一般的であります。
袖があるのもを白衣、袖無しのものを笈摺とする説明もあるが、はっきりと区別されているわけではないです。
宝印を受領するためだけの実際には着衣しない白衣は判衣とも呼ばれます。
巡礼の途中でいつ行き倒れてもいいように死装束としてとらえる説もあれば、巡礼といえども修行中なので清浄な着衣として白を身につける、どんな身分でも仏の前では平等なのでみな白衣を着るとする説もあります。
金剛杖
木製の杖で空海が修行中に持っていた杖に由来します。
巡礼者が持つ金剛杖は弘法大師の化身ともいわれるほどで、宿に着いたら杖の足先を清水で真っ先に洗い、部屋では上座や床の間に置くなどの扱いをするのがならわしであります。
巡礼中、行き倒れた巡礼者の卒塔婆として使用されたといわれています。
市販されているものは「同行二人」「南無大師遍照金剛」や梵字が書かれ、般若心経が書かれているものもあり、杖の上部の細工は塔頭を模しています。
橋の上ではついてはならない。
逆打ち
四国を時計回りに札所の数字を昇順に巡礼するのを順打ちといい、反時計回りに降順に巡礼するのを逆打ちといいます。
第一番札所から巡礼を開始し、逆打ちする場合は第三番札所金泉寺から大坂峠越えで第八十八番札所大窪寺に向かうのが一般的であったといわれています。
映画『死国』では禁忌などのようにとらえられているが、順打ちよりも困難な場合が多く、ご利益が順打ちよりも大きく、順打ち3回分のご利益があると言われています。
また、逆打ちだと順廻りしているお大師さんと遭遇する確率が高いので、この理由でご利益があるとも言われています。
お接待
茶堂の例(四国村。北宇和郡より移築)道中、お遍路さんに対して地元の人々から果物や金品、善根宿など、お接待または接待とよばれ、食べ物や飲み物、手ぬぐいやときには現金を渡す無償の提供がなされる伝統があります。
これに対し、遍路は持っているお札を「お接待」してくれた人に渡すことになっています。
こうした文化のおかげで、昔は比較的貧しい人であってもお参りができたといわれています。
今日でも四国西南部ではお接待の場ともなった「茶堂」が残っています。
「お接待」の心は、接待することによって功徳を積む、巡礼者もまた弘法大師のある種の化身であるという言い伝えからや、一種の代参のようなものとか様々であります。
観光振興や観光従事者の研修等では「もてなしの心」と拡大解釈されることがあります。
もともと、関西で西国三十三箇所観音霊場の修行者、巡礼者に対して始まったとされるが、 観光化、俗化したために関西では早くに廃れたといわれています。
四国以外の地域でも、接待講と呼ばれる講を組み、浄財を集め、四国で遍路にたいして接待をするということも行われました。
納札
札所などにお参りし、納経した証に収める札です。
般若心経を写経したものを納めるのが正式とされているが、読経したのちに自分の名前を書いた納札を納めても良いです。
衛門三郎が自分が空海を探しているということを空海に知らせるために(空海が立ち寄ると思われる)寺にお札を打ちつけたのが始まりとされます。
かつては木製や金属製の納札を山門や本堂の柱などに釘で打ちつけていたようです。
このことから、遍路自体や、札所に参拝したことを「打つ」とも言います。
現在では、お寺の建築物の損傷を避け、持ち運びの利便性を考え、紙製の納札を納札箱に入れることなっています。
また、接待をしてもらったら、その人にお礼の気持ちも込めて納札を渡すのが決まりであります。
結願した回数によってお札の色を変えてもよいです。
1〜4回が白、5〜7回が緑、8〜24回が赤、25回以上で銀、50回以上で金、そして100回以上で錦の札となる。ただし、白より錦の札がより良いとされるわけではないです。
100回以上回っても白の納札を使う人もいます。
善根宿
善人宿とも呼ばれます。
広義では自宅の前を通った遍路に「一晩泊っていきなさい」と一夜の宿を提供するのも善根宿といわれています。
一般的には「お接待」の心で善意で用意された簡易宿泊施設であります。
施設を提供するのは個人や企業、地域ぐるみなど様々であります。
通夜堂
本来は寺院内で夜を徹して読経や真言を唱える修行をするための施設(お堂)だが、四国八十八箇所においては霊場が巡礼者にたいして用意した簡易宿泊施設という意味合いが強いです。
宿坊とは違い寝るだけの最低限の設備しかない(布団も基本的にはない)。
かつては通夜堂を持つ霊場が多かったが、旅館などの宿泊施設が増えたことや、利用者のマナーなどの問題により減少し、現在では通夜堂を持つ霊場(小屋やガレージなどを一時的に利用しても良いとする霊場を含む)は2割程度であります。
十夜ヶ橋(とやがばし、とよがばし)
現在の愛媛県大洲市付近で空海が一宿を求めたがどの家からも断られ、仕方なく橋の下で寝ることとなりました。
寒さと旅人が杖で橋を突く音でまったく眠れず、一夜が十夜にも感じられた、という和歌が残っています。
このため巡礼者は橋の下には空海がいるかもしれないから橋をわたるときは杖を突いてはならないというならわしがあります。
すぐそば、国道に面して永徳寺(番外霊場)があり、お参りする人も多いです。
現在、その橋は「十夜ヶ橋」と呼ばれ国道56号の一部となり、交通量の多いコンクリート橋になっているが、橋の下で空海を偲びつつ野宿することができます。
雨期には冠水する場合もあり、夏季は蚊が多いので注意を要します。
地四国・島四国
四国八十八箇所のことを略して「お四国参り」あるいは「お四国」「お大師さん」と呼ぶことがあるが、四国には各地に民衆信仰としての地四国あるいは「ミニ四国」「新四国」と呼ばれるものがあります。
離島では島を四国に見立てて、八十八箇所を再現した島四国も瀬戸内海を中心に存在します。
先達
四国八十八ヶ所霊場会では昭和30年代に「公認先達」という認定制度を発足させました。
ツアー会社の団体巡礼に同行する先達はほぼ「公認先達」であります。
徒歩による巡礼のガイドを引き受けてくれる先達もいます。
公認先達は最低4周以上の巡拝経験が必要であります。
その上で研修を経て補任されます。
中司茂兵衛(大先達)
弘化2年生まれ。四国八十八ヶ所巡礼を慶応2年から大正11年まで歩きで280回巡拝しました。
また、しるべ石を240基余りを建立しました。
四國邊路指南(しこくへんろみちしるべ)の刊行
ここまで四国遍路が盛んになったのは、貞享4年(1687年)に刊行された『四国遍路指南』という新書版の本の刊行によります。
この本を著したのは眞念という人であるが、そこには宿泊所情報なども盛り込まれており、遍路をしたい人にとって重要なガイドブックとなりました。
さらに、この本によって八十八箇所が固定化され、それまで順番などなかった札所の寺に順番が付けられたものと考えられます。
同行二人
仮に一人で四国八十八箇所をめぐっても、同行二人(どうぎょうににん)と言って常にお大師さん(弘法大師)と一緒にいる想いで巡礼しています。
「同行二人」は参拝の道具にも記されています。
同行二人の巡礼者ともう一人は弘法大師以外でも、亡くなった家族や先祖、帰依する如来や菩薩などのことを想っても良いとする教えもあります。
白衣
笈摺(おいずる)とも呼ばれています。
巡礼者が着なければならないとされている、白い着衣です。
四国八十八箇所の寺院や門前の店で購入すると「南無大師遍照金剛」と背中に書かれたものが一般的であります。
袖があるのもを白衣、袖無しのものを笈摺とする説明もあるが、はっきりと区別されているわけではないです。
宝印を受領するためだけの実際には着衣しない白衣は判衣とも呼ばれます。
巡礼の途中でいつ行き倒れてもいいように死装束としてとらえる説もあれば、巡礼といえども修行中なので清浄な着衣として白を身につける、どんな身分でも仏の前では平等なのでみな白衣を着るとする説もあります。
金剛杖
木製の杖で空海が修行中に持っていた杖に由来します。
巡礼者が持つ金剛杖は弘法大師の化身ともいわれるほどで、宿に着いたら杖の足先を清水で真っ先に洗い、部屋では上座や床の間に置くなどの扱いをするのがならわしであります。
巡礼中、行き倒れた巡礼者の卒塔婆として使用されたといわれています。
市販されているものは「同行二人」「南無大師遍照金剛」や梵字が書かれ、般若心経が書かれているものもあり、杖の上部の細工は塔頭を模しています。
橋の上ではついてはならない。
逆打ち
四国を時計回りに札所の数字を昇順に巡礼するのを順打ちといい、反時計回りに降順に巡礼するのを逆打ちといいます。
第一番札所から巡礼を開始し、逆打ちする場合は第三番札所金泉寺から大坂峠越えで第八十八番札所大窪寺に向かうのが一般的であったといわれています。
映画『死国』では禁忌などのようにとらえられているが、順打ちよりも困難な場合が多く、ご利益が順打ちよりも大きく、順打ち3回分のご利益があると言われています。
また、逆打ちだと順廻りしているお大師さんと遭遇する確率が高いので、この理由でご利益があるとも言われています。
お接待
茶堂の例(四国村。北宇和郡より移築)道中、お遍路さんに対して地元の人々から果物や金品、善根宿など、お接待または接待とよばれ、食べ物や飲み物、手ぬぐいやときには現金を渡す無償の提供がなされる伝統があります。
これに対し、遍路は持っているお札を「お接待」してくれた人に渡すことになっています。
こうした文化のおかげで、昔は比較的貧しい人であってもお参りができたといわれています。
今日でも四国西南部ではお接待の場ともなった「茶堂」が残っています。
「お接待」の心は、接待することによって功徳を積む、巡礼者もまた弘法大師のある種の化身であるという言い伝えからや、一種の代参のようなものとか様々であります。
観光振興や観光従事者の研修等では「もてなしの心」と拡大解釈されることがあります。
もともと、関西で西国三十三箇所観音霊場の修行者、巡礼者に対して始まったとされるが、 観光化、俗化したために関西では早くに廃れたといわれています。
四国以外の地域でも、接待講と呼ばれる講を組み、浄財を集め、四国で遍路にたいして接待をするということも行われました。
納札
札所などにお参りし、納経した証に収める札です。
般若心経を写経したものを納めるのが正式とされているが、読経したのちに自分の名前を書いた納札を納めても良いです。
衛門三郎が自分が空海を探しているということを空海に知らせるために(空海が立ち寄ると思われる)寺にお札を打ちつけたのが始まりとされます。
かつては木製や金属製の納札を山門や本堂の柱などに釘で打ちつけていたようです。
このことから、遍路自体や、札所に参拝したことを「打つ」とも言います。
現在では、お寺の建築物の損傷を避け、持ち運びの利便性を考え、紙製の納札を納札箱に入れることなっています。
また、接待をしてもらったら、その人にお礼の気持ちも込めて納札を渡すのが決まりであります。
結願した回数によってお札の色を変えてもよいです。
1〜4回が白、5〜7回が緑、8〜24回が赤、25回以上で銀、50回以上で金、そして100回以上で錦の札となる。ただし、白より錦の札がより良いとされるわけではないです。
100回以上回っても白の納札を使う人もいます。
善根宿
善人宿とも呼ばれます。
広義では自宅の前を通った遍路に「一晩泊っていきなさい」と一夜の宿を提供するのも善根宿といわれています。
一般的には「お接待」の心で善意で用意された簡易宿泊施設であります。
施設を提供するのは個人や企業、地域ぐるみなど様々であります。
通夜堂
本来は寺院内で夜を徹して読経や真言を唱える修行をするための施設(お堂)だが、四国八十八箇所においては霊場が巡礼者にたいして用意した簡易宿泊施設という意味合いが強いです。
宿坊とは違い寝るだけの最低限の設備しかない(布団も基本的にはない)。
かつては通夜堂を持つ霊場が多かったが、旅館などの宿泊施設が増えたことや、利用者のマナーなどの問題により減少し、現在では通夜堂を持つ霊場(小屋やガレージなどを一時的に利用しても良いとする霊場を含む)は2割程度であります。
十夜ヶ橋(とやがばし、とよがばし)
現在の愛媛県大洲市付近で空海が一宿を求めたがどの家からも断られ、仕方なく橋の下で寝ることとなりました。
寒さと旅人が杖で橋を突く音でまったく眠れず、一夜が十夜にも感じられた、という和歌が残っています。
このため巡礼者は橋の下には空海がいるかもしれないから橋をわたるときは杖を突いてはならないというならわしがあります。
すぐそば、国道に面して永徳寺(番外霊場)があり、お参りする人も多いです。
現在、その橋は「十夜ヶ橋」と呼ばれ国道56号の一部となり、交通量の多いコンクリート橋になっているが、橋の下で空海を偲びつつ野宿することができます。
雨期には冠水する場合もあり、夏季は蚊が多いので注意を要します。
地四国・島四国
四国八十八箇所のことを略して「お四国参り」あるいは「お四国」「お大師さん」と呼ぶことがあるが、四国には各地に民衆信仰としての地四国あるいは「ミニ四国」「新四国」と呼ばれるものがあります。
離島では島を四国に見立てて、八十八箇所を再現した島四国も瀬戸内海を中心に存在します。
先達
四国八十八ヶ所霊場会では昭和30年代に「公認先達」という認定制度を発足させました。
ツアー会社の団体巡礼に同行する先達はほぼ「公認先達」であります。
徒歩による巡礼のガイドを引き受けてくれる先達もいます。
公認先達は最低4周以上の巡拝経験が必要であります。
その上で研修を経て補任されます。
中司茂兵衛(大先達)
弘化2年生まれ。四国八十八ヶ所巡礼を慶応2年から大正11年まで歩きで280回巡拝しました。
また、しるべ石を240基余りを建立しました。
四国八十八ヵ所一覧
1 竺和山 じくわさん 霊山寺 りょうぜんじ 高野山真言宗 釈迦如来 徳島県鳴門市 北緯34度09分34.0秒東経134度30分10.8秒
2 日照山 にっしょうざん 極楽寺 ごくらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 徳島県鳴門市 北緯34度09分21.7秒東経134度29分24.9秒
3 亀光山 きこうざん 金泉寺 こんせんじ 高野山真言宗 釈迦如来 徳島県板野郡板野町 北緯34度08分50.2秒東経134度28分05.8
秒
4 黒巖山 こくがんざん 大日寺 だいにちじ 東寺真言宗 大日如来 徳島県板野郡板野町 北緯34度09分05.4秒東経134度25分52.2秒
5 無尽山 むじんざん 地蔵寺 じぞうじ 真言宗御室派 勝軍地蔵菩薩 徳島県板野郡板野町 北緯34度08分13.8秒東経134度25分56.5秒
6 温泉山 おんせんざん 安楽寺 あんらくじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県板野郡上板町 北緯34度07分05.2秒東経134度23分18.1秒
7 光明山 こうみょうざん 十楽寺 じゅうらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 徳島県阿波市 北緯34度07分13.6秒東経134度22分41.9秒
8 普明山 ふみょうざん 熊谷寺 くまたにじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県阿波市 北緯34度07分22.4秒東経134度20分24.2秒
9 正覚山 しょうかくざん 法輪寺 ほうりんじ 高野山真言宗 涅槃釈迦如来 徳島県阿波市 北緯34度06分15.2秒東経134度20分00.3秒
10 得度山 とくどさん 切幡寺 きりはたじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県阿波市 北緯34度06分27.1秒東経134度18分14.6秒
11 金剛山 こんごうさん 藤井寺 ふじいでら 臨済宗妙心寺派 薬師如来 徳島県吉野川市 北緯34度03分05.4秒東経134度20分54.7秒
12 摩盧山 まろさん 焼山寺 しょうざんじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 徳島県名西郡神山町 北緯33度59分05.9秒東経134度18分38.3秒
13 大栗山 おおくりさん 大日寺 だいにちじ 真言宗大覚寺派 十一面観音 徳島県徳島市 北緯34度02分17.6秒東経134度27分46.1秒
14 盛寿山 せいじゅざん 常楽寺 じょうらくじ 高野山真言宗 弥勒菩薩 徳島県徳島市 北緯34度03分01.2秒東経134度28分32.4秒
15 薬王山 やくおうざん 国分寺 こくぶんじ 曹洞宗 薬師如来 徳島県徳島市 北緯34度03分20.8秒東経134度28分24.0秒
16 光耀山 こうようざん 観音寺 かんおんじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県徳島市 北緯34度04分06.7秒東経134度28分27.2秒
17 瑠璃山 るりざん 井戸寺 いどじ 真言宗善通寺派 七仏薬師如来 徳島県徳島市 北緯34度05分06.7秒東経134度29分07.9秒
18 母養山 ぼようざん 恩山寺 おんざんじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県小松島市 北緯33度59分09.6秒東経134度34分40.8秒
19 橋池山 きょうちざん 立江寺 たつえじ 高野山真言宗 延命地蔵菩薩 徳島県小松島市 北緯33度58分04.6秒東経134度36分23.4秒
20 霊鷲山 りょうじゅぜん 鶴林寺 かくりんじ 高野山真言宗 地蔵菩薩 徳島県勝浦郡勝浦町 北緯33度54分49.7秒東経134度30分19.6秒
21 舎心山 しゃしんざん 太龍寺 たいりゅうじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 徳島県阿南市 北緯33度52分54.7秒東経134度31分14.1秒
22 白水山 はくすいざん 平等寺 びょうどうじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県阿南市 北緯33度51分07.9秒東経134度34分56.4秒
23 医王山 いおうざん 薬王寺 やくおうじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県海部郡美波町 北緯33度43分56.8秒東経134度31分38.9秒
24 室戸山 むろとざん 最御崎寺(土佐東寺) ほつみさきじ 真言宗豊山派 虚空蔵菩薩 高知県室戸市 北緯33度14分57.3秒東経134度10分33.3秒
25 宝珠山 ほうしゅざん 津照寺(津寺) しんしょうじ 真言宗豊山派 延命地蔵菩薩 高知県室戸市 北緯33度17分17.7秒東経134度08分54.5秒
26 竜頭山 りゅうずざん 金剛頂寺(土佐西寺) こんごうちょうじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県室戸市 北緯33度18分26.1秒東経134度07分21.3秒
27 竹林山 ちくりんざん 神峰寺 こうのみねじ 真言宗豊山派 十一面観音 高知県安芸郡安田町 北緯33度28分03.5秒東経133度58分29.0秒
28 法界山 ほうかいざん 大日寺 だいにちじ 真言宗智山派 大日如来 高知県香南市 北緯33度34分40.0秒東経133度42分20.0秒
29 摩尼山 まにざん 国分寺 こくぶんじ 真言宗智山派 千手観音 高知県南国市 北緯33度35分56.0秒東経133度38分25.0秒
30 百々山 どどさん 善楽寺 ぜんらくじ 真言宗豊山派 阿弥陀如来 高知県高知市 北緯33度35分31.0秒東経133度34分40.4秒
31 五台山 こだいさん 竹林寺 ちくりんじ 真言宗智山派 文珠菩薩 高知県高知市 北緯33度32分47.9秒東経133度34分38.9秒
32 八葉山 はちようざん 禅師峰寺 ぜんじぶじ 真言宗豊山派 十一面観音 高知県南国市 北緯33度31分36.1秒東経133度36分42.1秒
33 高福山 こうふくざん 雪蹊寺 せっけいじ 臨済宗妙心寺派 薬師如来 高知県高知市 北緯33度30分03.0秒東経133度32分35.0秒
34 本尾山 もとおざん 種間寺 たねまじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県吾川郡春野町 北緯33度29分31.4秒東経133度29分15.7秒
35 医王山 いおうざん 清瀧寺 きよたきじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県土佐市 北緯33度30分45.2秒東経133度24分33.7秒
36 独鈷山 とっこうざん 青龍寺 しょうりゅうじ 真言宗豊山派 波切不動明王 高知県土佐市 北緯33度25分33.8秒東経133度27分03.9秒
37 藤井山 ふじいさん 岩本寺 いわもとじ 真言宗智山派 阿弥陀如来
観世音菩薩
不動明王
薬師如来
地蔵菩薩 高知県高岡郡四万十町 北緯33度12分29.2秒東経133度08分04.8秒
38 蹉跎山 さださん 金剛福寺 こんごうふくじ 真言宗豊山派 三面千手観音 高知県土佐清水市 北緯32度43分34.7秒東経133度01分06.6秒
39 赤亀山 しゃっきざん 延光寺 えんこうじ 真言宗智山派 薬師如来 高知県宿毛市 北緯32度57分40.3秒東経132度46分27.2秒
40 平城山 へいじょうざん 観自在寺 かんじざいじ 真言宗大覚寺派 薬師如来 愛媛県南宇和郡愛南町 北緯32度57分52.7秒東経132度33分51.0秒
41 稲荷山 いなりざん 竜光寺 りゅうこうじ 真言宗御室派 十一面観音 愛媛県宇和島市 北緯33度17分42.8秒東経132度35分53.6秒
42 一{王果}山 いっかざん 佛木寺 ぶつもくじ 真言宗御室派 大日如来 愛媛県宇和島市 北緯33度18分37.0秒東経132度34分55.9秒
43 源光山 げんこうざん 明石寺 めいせきじ 天台寺門宗 千手観音 愛媛県西予市 北緯33度22分08.7秒東経132度31分08.5秒
44 菅生山 すごうざん 大宝寺 だいほうじ 真言宗豊山派 十一面観音 愛媛県上浮穴郡久万高原町 北緯33度39分39.7秒東経132度54分41.7秒
45 海岸山 かいがんざん 岩屋寺 いわやじ 真言宗豊山派 不動明王 愛媛県上浮穴郡久万高原町 北緯33度39分32.5秒東経132度58分52.5秒
46 医王山 いおうざん 浄瑠璃寺 じょうるりじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度45分12.8秒東経132度49分07.9秒
47 熊野山 くまのざん 八坂寺 やさかじ 真言宗醍醐派 阿弥陀如来 愛媛県松山市 北緯33度45分29.0秒東経132度48分46.9秒
48 清瀧山 せいりゅうざん 西林寺 さいりんじ 真言宗豊山派 十一面観音 愛媛県松山市 北緯33度47分37.0秒東経132度48分49.2秒
49 西林山 さいりんざん 浄土寺 じょうどじ 真言宗豊山派 釈迦如来 愛媛県松山市 北緯33度49分00.5秒東経132度48分28.5秒
50 東山 ひがしやま 繁多寺 はんたじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度49分40.0秒東経132度48分18.1秒
51 熊野山 くまのざん 石手寺 いしてじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度50分52.4秒東経132度47分47.3秒
52 瀧雲山 りゅううんざん 太山寺 たいざんじ 真言宗智山派 十一面観音 愛媛県松山市 北緯33度53分06.1秒東経132度42分54.1秒
53 須賀山 すがざん 円明寺 えんみょうじ 真言宗智山派 阿弥陀如来 愛媛県松山市 北緯33度53分30.4秒東経132度44分22.9秒
54 近見山 ちかみざん 延命寺 えんめいじ 真言宗豊山派 不動明王 愛媛県今治市 北緯34度04分00.6秒東経132度57分50.5秒
55 別宮山 べっくさん 南光坊 なんこうぼう 真言宗醍醐派 大通智勝如来 愛媛県今治市 北緯34度04分05.7秒東経132度59分43.2秒
56 金輪山 きんりんさん 泰山寺 たいさんじ 真言宗醍醐派 地蔵菩薩 愛媛県今治市 北緯34度03分01.0秒東経132度58分29.0秒
57 府頭山 ふとうざん 栄福寺 えいふくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 愛媛県今治市 北緯34度01分46.1秒東経132度58分42.9秒
58 作礼山 されいざん 仙遊寺 せんゆうじ 高野山真言宗 千手観音 愛媛県今治市 北緯34度00分47.6秒東経132度58分39.5秒
59 金光山 きんこうざん 国分寺 こくぶんじ 真言律宗 薬師如来 愛媛県今治市 北緯34度01分33.8秒東経133度01分31.3秒
60 石鎚山 いしづちさん 横峰寺 よこみねじ 真言宗御室派 大日如来 愛媛県西条市 北緯33度50分15.4秒東経133度06分39.5秒
61 栴檀山 せんだんさん 香園寺 こうおんじ 真言宗単立 大日如来 愛媛県西条市 北緯33度53分36.7秒東経133度06分11.4秒
62 天養山 てんようざん 宝寿寺 ほうじゅじ 高野山真言宗 十一面観音 愛媛県西条市 北緯33度53分50.8秒東経133度06分54.2秒
63 密教山 みっきょうざん 吉祥寺 きちじょうじ 真言宗東寺派 毘沙門天 愛媛県西条市 北緯33度53分46.1秒東経133度07分45.2秒
64 石鈇山 いしづちさん 前神寺 まえがみじ 真言宗石鈇派 阿弥陀如来 愛媛県西条市 北緯33度53分25.3秒東経133度09分37.9秒
65 由霊山 ゆれいざん 三角寺 さんかくじ 高野山真言宗 十一面観音 愛媛県四国中央市 北緯33度58分00.6秒東経133度35分11.3秒
66 巨鼇山 きょごうざん 雲辺寺 うんぺんじ 真言宗御室派 千手観音 徳島県三好市 北緯34度02分05.2秒東経133度43分23.5秒
67 小松尾山 こまつおざん 大興寺(小松尾寺) だいこうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県三豊市 北緯34度06分08.9秒東経133度43分08.0秒
68 琴弾山 ことひきざん 神恵院(琴弾八幡) じんねいん 真言宗大覚寺派 阿弥陀如来 香川県観音寺市 北緯34度08分03.7秒東経133度38分50.2秒
69 七宝山 しっぽうざん 観音寺 かんのんじ 真言宗大覚寺派 聖観音 香川県観音寺市 北緯34度08分04.2秒東経133度38分51.5秒
70 七宝山 しっぽうざん 本山寺 もとやまじ 高野山真言宗 馬頭観音 香川県三豊市 北緯34度08分23.0秒東経133度41分38.9秒
71 剣五山 けんござん 弥谷寺 いやだにじ 真言宗善通寺派 千手観音 香川県三豊市 北緯34度13分47.8秒東経133度43分28.2秒
72 我拝師山 がはいしざん 曼荼羅寺 まんだらじ 真言宗善通寺派 大日如来 香川県善通寺市 北緯34度13分24.4秒東経133度45分00.6秒
73 我拝師山 がはいしざん 出釈迦寺 しゅっしゃかじ 真言宗御室派 釈迦如来 香川県善通寺市 北緯34度13分09.4秒東経133度45分00.4秒
74 医王山 いおうざん 甲山寺 こうやまじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度13分59.6秒東経133度45分56.9秒
75 五岳山 ごがくざん 善通寺 ぜんつうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度13分30.4秒東経133度46分26.9秒
76 鶏足山 けいそくざん 金倉寺 こんぞうじ 天台寺門宗 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度15分00.3秒東経133度46分51.5秒
77 桑多山 そうたさん 道隆寺 どうりゅうじ 真言宗醍醐派 薬師如来 香川県仲多度郡多度津町 北緯34度16分36.5秒東経133度45分45.8秒
78 仏光山 ぶっこうざん 郷照寺 ごうしょうじ 時宗 阿弥陀如来 香川県綾歌郡宇多津町 北緯34度18分24.2秒東経133度49分28.7秒
79 金華山 きんかざん 天皇寺(高照院) てんのうじ 真言宗御室派 十一面観音 香川県坂出市 北緯34度18分39.4秒東経133度52分58.8秒
80 白牛山 はくぎゅうざん 国分寺 こくぶんじ 真言宗御室派 千手観音 香川県高松市 北緯34度18分11.9秒東経133度56分39.3秒
81 陵松山 りょうしょうざん 白峯寺 しろみねじ 真言宗御室派 千手観音 香川県坂出市 北緯34度20分03.9秒東経133度55分37.7秒
82 青峰山 あおみねざん 根香寺 ねごろじ 天台宗単立 千手観音 香川県高松市 北緯34度20分39.9秒東経133度57分38.3秒
83 神毫山 しんごうざん 一宮寺 いちのみやじ 真言宗御室派 聖観音 香川県高松市 北緯34度17分12.0秒東経134度01分35.6秒
84 南面山 なんめんざん 屋島寺 やしまじ 真言宗御室派 十一面観音 香川県高松市 北緯34度21分28.1秒東経134度06分03.4秒
85 五剣山 ごけんざん 八栗寺 やくりじ 真言宗大覚寺派 聖観音 香川県高松市 北緯34度21分35.2秒東経134度08分24.5秒
86 補陀落山 ふだらくさん 志度寺 しどじ 真言宗善通寺派 十一面観音 香川県さぬき市 北緯34度19分27.6秒東経134度10分46.8秒
87 補陀落山 ふだらくさん 長尾寺 ながおじ 天台宗 聖観音 香川県さぬき市 北緯34度16分00.5秒東経134度10分18.4秒
88 医王山 いおうざん 大窪寺 おおくぼじ 真言宗大覚寺派 薬師如来 香川県さぬき市 北緯34度11分27.4秒東経134度12分25.7秒
2 日照山 にっしょうざん 極楽寺 ごくらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 徳島県鳴門市 北緯34度09分21.7秒東経134度29分24.9秒
3 亀光山 きこうざん 金泉寺 こんせんじ 高野山真言宗 釈迦如来 徳島県板野郡板野町 北緯34度08分50.2秒東経134度28分05.8
秒
4 黒巖山 こくがんざん 大日寺 だいにちじ 東寺真言宗 大日如来 徳島県板野郡板野町 北緯34度09分05.4秒東経134度25分52.2秒
5 無尽山 むじんざん 地蔵寺 じぞうじ 真言宗御室派 勝軍地蔵菩薩 徳島県板野郡板野町 北緯34度08分13.8秒東経134度25分56.5秒
6 温泉山 おんせんざん 安楽寺 あんらくじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県板野郡上板町 北緯34度07分05.2秒東経134度23分18.1秒
7 光明山 こうみょうざん 十楽寺 じゅうらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 徳島県阿波市 北緯34度07分13.6秒東経134度22分41.9秒
8 普明山 ふみょうざん 熊谷寺 くまたにじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県阿波市 北緯34度07分22.4秒東経134度20分24.2秒
9 正覚山 しょうかくざん 法輪寺 ほうりんじ 高野山真言宗 涅槃釈迦如来 徳島県阿波市 北緯34度06分15.2秒東経134度20分00.3秒
10 得度山 とくどさん 切幡寺 きりはたじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県阿波市 北緯34度06分27.1秒東経134度18分14.6秒
11 金剛山 こんごうさん 藤井寺 ふじいでら 臨済宗妙心寺派 薬師如来 徳島県吉野川市 北緯34度03分05.4秒東経134度20分54.7秒
12 摩盧山 まろさん 焼山寺 しょうざんじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 徳島県名西郡神山町 北緯33度59分05.9秒東経134度18分38.3秒
13 大栗山 おおくりさん 大日寺 だいにちじ 真言宗大覚寺派 十一面観音 徳島県徳島市 北緯34度02分17.6秒東経134度27分46.1秒
14 盛寿山 せいじゅざん 常楽寺 じょうらくじ 高野山真言宗 弥勒菩薩 徳島県徳島市 北緯34度03分01.2秒東経134度28分32.4秒
15 薬王山 やくおうざん 国分寺 こくぶんじ 曹洞宗 薬師如来 徳島県徳島市 北緯34度03分20.8秒東経134度28分24.0秒
16 光耀山 こうようざん 観音寺 かんおんじ 高野山真言宗 千手観音 徳島県徳島市 北緯34度04分06.7秒東経134度28分27.2秒
17 瑠璃山 るりざん 井戸寺 いどじ 真言宗善通寺派 七仏薬師如来 徳島県徳島市 北緯34度05分06.7秒東経134度29分07.9秒
18 母養山 ぼようざん 恩山寺 おんざんじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県小松島市 北緯33度59分09.6秒東経134度34分40.8秒
19 橋池山 きょうちざん 立江寺 たつえじ 高野山真言宗 延命地蔵菩薩 徳島県小松島市 北緯33度58分04.6秒東経134度36分23.4秒
20 霊鷲山 りょうじゅぜん 鶴林寺 かくりんじ 高野山真言宗 地蔵菩薩 徳島県勝浦郡勝浦町 北緯33度54分49.7秒東経134度30分19.6秒
21 舎心山 しゃしんざん 太龍寺 たいりゅうじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 徳島県阿南市 北緯33度52分54.7秒東経134度31分14.1秒
22 白水山 はくすいざん 平等寺 びょうどうじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県阿南市 北緯33度51分07.9秒東経134度34分56.4秒
23 医王山 いおうざん 薬王寺 やくおうじ 高野山真言宗 薬師如来 徳島県海部郡美波町 北緯33度43分56.8秒東経134度31分38.9秒
24 室戸山 むろとざん 最御崎寺(土佐東寺) ほつみさきじ 真言宗豊山派 虚空蔵菩薩 高知県室戸市 北緯33度14分57.3秒東経134度10分33.3秒
25 宝珠山 ほうしゅざん 津照寺(津寺) しんしょうじ 真言宗豊山派 延命地蔵菩薩 高知県室戸市 北緯33度17分17.7秒東経134度08分54.5秒
26 竜頭山 りゅうずざん 金剛頂寺(土佐西寺) こんごうちょうじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県室戸市 北緯33度18分26.1秒東経134度07分21.3秒
27 竹林山 ちくりんざん 神峰寺 こうのみねじ 真言宗豊山派 十一面観音 高知県安芸郡安田町 北緯33度28分03.5秒東経133度58分29.0秒
28 法界山 ほうかいざん 大日寺 だいにちじ 真言宗智山派 大日如来 高知県香南市 北緯33度34分40.0秒東経133度42分20.0秒
29 摩尼山 まにざん 国分寺 こくぶんじ 真言宗智山派 千手観音 高知県南国市 北緯33度35分56.0秒東経133度38分25.0秒
30 百々山 どどさん 善楽寺 ぜんらくじ 真言宗豊山派 阿弥陀如来 高知県高知市 北緯33度35分31.0秒東経133度34分40.4秒
31 五台山 こだいさん 竹林寺 ちくりんじ 真言宗智山派 文珠菩薩 高知県高知市 北緯33度32分47.9秒東経133度34分38.9秒
32 八葉山 はちようざん 禅師峰寺 ぜんじぶじ 真言宗豊山派 十一面観音 高知県南国市 北緯33度31分36.1秒東経133度36分42.1秒
33 高福山 こうふくざん 雪蹊寺 せっけいじ 臨済宗妙心寺派 薬師如来 高知県高知市 北緯33度30分03.0秒東経133度32分35.0秒
34 本尾山 もとおざん 種間寺 たねまじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県吾川郡春野町 北緯33度29分31.4秒東経133度29分15.7秒
35 医王山 いおうざん 清瀧寺 きよたきじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知県土佐市 北緯33度30分45.2秒東経133度24分33.7秒
36 独鈷山 とっこうざん 青龍寺 しょうりゅうじ 真言宗豊山派 波切不動明王 高知県土佐市 北緯33度25分33.8秒東経133度27分03.9秒
37 藤井山 ふじいさん 岩本寺 いわもとじ 真言宗智山派 阿弥陀如来
観世音菩薩
不動明王
薬師如来
地蔵菩薩 高知県高岡郡四万十町 北緯33度12分29.2秒東経133度08分04.8秒
38 蹉跎山 さださん 金剛福寺 こんごうふくじ 真言宗豊山派 三面千手観音 高知県土佐清水市 北緯32度43分34.7秒東経133度01分06.6秒
39 赤亀山 しゃっきざん 延光寺 えんこうじ 真言宗智山派 薬師如来 高知県宿毛市 北緯32度57分40.3秒東経132度46分27.2秒
40 平城山 へいじょうざん 観自在寺 かんじざいじ 真言宗大覚寺派 薬師如来 愛媛県南宇和郡愛南町 北緯32度57分52.7秒東経132度33分51.0秒
41 稲荷山 いなりざん 竜光寺 りゅうこうじ 真言宗御室派 十一面観音 愛媛県宇和島市 北緯33度17分42.8秒東経132度35分53.6秒
42 一{王果}山 いっかざん 佛木寺 ぶつもくじ 真言宗御室派 大日如来 愛媛県宇和島市 北緯33度18分37.0秒東経132度34分55.9秒
43 源光山 げんこうざん 明石寺 めいせきじ 天台寺門宗 千手観音 愛媛県西予市 北緯33度22分08.7秒東経132度31分08.5秒
44 菅生山 すごうざん 大宝寺 だいほうじ 真言宗豊山派 十一面観音 愛媛県上浮穴郡久万高原町 北緯33度39分39.7秒東経132度54分41.7秒
45 海岸山 かいがんざん 岩屋寺 いわやじ 真言宗豊山派 不動明王 愛媛県上浮穴郡久万高原町 北緯33度39分32.5秒東経132度58分52.5秒
46 医王山 いおうざん 浄瑠璃寺 じょうるりじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度45分12.8秒東経132度49分07.9秒
47 熊野山 くまのざん 八坂寺 やさかじ 真言宗醍醐派 阿弥陀如来 愛媛県松山市 北緯33度45分29.0秒東経132度48分46.9秒
48 清瀧山 せいりゅうざん 西林寺 さいりんじ 真言宗豊山派 十一面観音 愛媛県松山市 北緯33度47分37.0秒東経132度48分49.2秒
49 西林山 さいりんざん 浄土寺 じょうどじ 真言宗豊山派 釈迦如来 愛媛県松山市 北緯33度49分00.5秒東経132度48分28.5秒
50 東山 ひがしやま 繁多寺 はんたじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度49分40.0秒東経132度48分18.1秒
51 熊野山 くまのざん 石手寺 いしてじ 真言宗豊山派 薬師如来 愛媛県松山市 北緯33度50分52.4秒東経132度47分47.3秒
52 瀧雲山 りゅううんざん 太山寺 たいざんじ 真言宗智山派 十一面観音 愛媛県松山市 北緯33度53分06.1秒東経132度42分54.1秒
53 須賀山 すがざん 円明寺 えんみょうじ 真言宗智山派 阿弥陀如来 愛媛県松山市 北緯33度53分30.4秒東経132度44分22.9秒
54 近見山 ちかみざん 延命寺 えんめいじ 真言宗豊山派 不動明王 愛媛県今治市 北緯34度04分00.6秒東経132度57分50.5秒
55 別宮山 べっくさん 南光坊 なんこうぼう 真言宗醍醐派 大通智勝如来 愛媛県今治市 北緯34度04分05.7秒東経132度59分43.2秒
56 金輪山 きんりんさん 泰山寺 たいさんじ 真言宗醍醐派 地蔵菩薩 愛媛県今治市 北緯34度03分01.0秒東経132度58分29.0秒
57 府頭山 ふとうざん 栄福寺 えいふくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 愛媛県今治市 北緯34度01分46.1秒東経132度58分42.9秒
58 作礼山 されいざん 仙遊寺 せんゆうじ 高野山真言宗 千手観音 愛媛県今治市 北緯34度00分47.6秒東経132度58分39.5秒
59 金光山 きんこうざん 国分寺 こくぶんじ 真言律宗 薬師如来 愛媛県今治市 北緯34度01分33.8秒東経133度01分31.3秒
60 石鎚山 いしづちさん 横峰寺 よこみねじ 真言宗御室派 大日如来 愛媛県西条市 北緯33度50分15.4秒東経133度06分39.5秒
61 栴檀山 せんだんさん 香園寺 こうおんじ 真言宗単立 大日如来 愛媛県西条市 北緯33度53分36.7秒東経133度06分11.4秒
62 天養山 てんようざん 宝寿寺 ほうじゅじ 高野山真言宗 十一面観音 愛媛県西条市 北緯33度53分50.8秒東経133度06分54.2秒
63 密教山 みっきょうざん 吉祥寺 きちじょうじ 真言宗東寺派 毘沙門天 愛媛県西条市 北緯33度53分46.1秒東経133度07分45.2秒
64 石鈇山 いしづちさん 前神寺 まえがみじ 真言宗石鈇派 阿弥陀如来 愛媛県西条市 北緯33度53分25.3秒東経133度09分37.9秒
65 由霊山 ゆれいざん 三角寺 さんかくじ 高野山真言宗 十一面観音 愛媛県四国中央市 北緯33度58分00.6秒東経133度35分11.3秒
66 巨鼇山 きょごうざん 雲辺寺 うんぺんじ 真言宗御室派 千手観音 徳島県三好市 北緯34度02分05.2秒東経133度43分23.5秒
67 小松尾山 こまつおざん 大興寺(小松尾寺) だいこうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県三豊市 北緯34度06分08.9秒東経133度43分08.0秒
68 琴弾山 ことひきざん 神恵院(琴弾八幡) じんねいん 真言宗大覚寺派 阿弥陀如来 香川県観音寺市 北緯34度08分03.7秒東経133度38分50.2秒
69 七宝山 しっぽうざん 観音寺 かんのんじ 真言宗大覚寺派 聖観音 香川県観音寺市 北緯34度08分04.2秒東経133度38分51.5秒
70 七宝山 しっぽうざん 本山寺 もとやまじ 高野山真言宗 馬頭観音 香川県三豊市 北緯34度08分23.0秒東経133度41分38.9秒
71 剣五山 けんござん 弥谷寺 いやだにじ 真言宗善通寺派 千手観音 香川県三豊市 北緯34度13分47.8秒東経133度43分28.2秒
72 我拝師山 がはいしざん 曼荼羅寺 まんだらじ 真言宗善通寺派 大日如来 香川県善通寺市 北緯34度13分24.4秒東経133度45分00.6秒
73 我拝師山 がはいしざん 出釈迦寺 しゅっしゃかじ 真言宗御室派 釈迦如来 香川県善通寺市 北緯34度13分09.4秒東経133度45分00.4秒
74 医王山 いおうざん 甲山寺 こうやまじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度13分59.6秒東経133度45分56.9秒
75 五岳山 ごがくざん 善通寺 ぜんつうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度13分30.4秒東経133度46分26.9秒
76 鶏足山 けいそくざん 金倉寺 こんぞうじ 天台寺門宗 薬師如来 香川県善通寺市 北緯34度15分00.3秒東経133度46分51.5秒
77 桑多山 そうたさん 道隆寺 どうりゅうじ 真言宗醍醐派 薬師如来 香川県仲多度郡多度津町 北緯34度16分36.5秒東経133度45分45.8秒
78 仏光山 ぶっこうざん 郷照寺 ごうしょうじ 時宗 阿弥陀如来 香川県綾歌郡宇多津町 北緯34度18分24.2秒東経133度49分28.7秒
79 金華山 きんかざん 天皇寺(高照院) てんのうじ 真言宗御室派 十一面観音 香川県坂出市 北緯34度18分39.4秒東経133度52分58.8秒
80 白牛山 はくぎゅうざん 国分寺 こくぶんじ 真言宗御室派 千手観音 香川県高松市 北緯34度18分11.9秒東経133度56分39.3秒
81 陵松山 りょうしょうざん 白峯寺 しろみねじ 真言宗御室派 千手観音 香川県坂出市 北緯34度20分03.9秒東経133度55分37.7秒
82 青峰山 あおみねざん 根香寺 ねごろじ 天台宗単立 千手観音 香川県高松市 北緯34度20分39.9秒東経133度57分38.3秒
83 神毫山 しんごうざん 一宮寺 いちのみやじ 真言宗御室派 聖観音 香川県高松市 北緯34度17分12.0秒東経134度01分35.6秒
84 南面山 なんめんざん 屋島寺 やしまじ 真言宗御室派 十一面観音 香川県高松市 北緯34度21分28.1秒東経134度06分03.4秒
85 五剣山 ごけんざん 八栗寺 やくりじ 真言宗大覚寺派 聖観音 香川県高松市 北緯34度21分35.2秒東経134度08分24.5秒
86 補陀落山 ふだらくさん 志度寺 しどじ 真言宗善通寺派 十一面観音 香川県さぬき市 北緯34度19分27.6秒東経134度10分46.8秒
87 補陀落山 ふだらくさん 長尾寺 ながおじ 天台宗 聖観音 香川県さぬき市 北緯34度16分00.5秒東経134度10分18.4秒
88 医王山 いおうざん 大窪寺 おおくぼじ 真言宗大覚寺派 薬師如来 香川県さぬき市 北緯34度11分27.4秒東経134度12分25.7秒
四国 八十八箇所 巡礼の仕方 徒歩 バスによる団体巡礼 公共交通機関の利用 自転車
四国 八十八箇所 巡礼の仕方
徒歩
伝統的には、四国遍路は「歩き」(歩き遍路と呼ばれる)で、1日30km歩いても約40日を要します。
一時期は峠道や山道などの旧来の遍路道も廃れ、幹線道路になった遍路道は車の排気ガスが充満するなど歩き遍路にとってはつらい状況になったが、排気ガス規制や、寺院や地元の人たち、へんろみち保存協力会などによって、遍路道の整備や復興、道しるべの設置などが行なわれ一時期よりは歩きやすくなりました。
国道55号などの遍路道と幹線道路とが一体化している道や旧来の遍路道では、遍路装束の歩き遍路を目にすることができます。
歩き遍路向けに歩き遍路のルートを解説した書籍も何点か販売されています。
また、全行程ではないが、いくつかの区間においてハイキングも兼ねたウォークガイド本も出ています。
バスによる団体巡礼
昭和40年代からの四国内の道路事情の改善もあり、大型観光バスによるお四国巡りの団体巡礼が企画催行されています。
何泊もしながら1回で回り切る本格的なもの、一国参りといって一つの県内を回るもの、原則日帰りで、1回で10か寺程度ずつお参りし、何回かのツアーに参加して結願となる手軽なものなど、さまざまであります。
地元の会社が主催する四国発着の団体巡礼もあるが、大手ツアー会社が主催する関西や中国地方からの団体巡礼も多く、近年では関東などからの団体巡礼も増えています。
団体巡礼では本堂や大師堂での読経は先達(後述)や僧侶が先導してくれ、納経帳に判を貰うのは添乗員が代行してやってくれます。
このようなツアー会社やバス会社主催の団体巡礼以外にも、札所や寺院、各地の参拝団(講)が主催する団体巡礼もあります。
小規模な団体や大型バスが通行できない札所への参拝は、マイクロバスやジャンボタクシー等も利用されています。
公共交通機関の利用
体力や身体的な理由などですべてを徒歩で巡礼するのは無理だが、できる限り歩きつつ公共交通機関を利用する巡礼者もいます。
四国運輸局では、公共交通を利用した四国遍路のためのガイドリーフレットを作成、配布しています。(2006年〜)
便利な自動車遍路
自動車を利用して、巡礼する人も多いです。
マイカーを利用したり、遠方からは四国でレンタカーを借りて巡礼する人もいます。
四国の出先機関に赴任してきた人の中には、休日を利用して少しずつ計画的に回る人もいます。
今では、高速道路を利用すれば、四国の主要都市からほぼどの札所へも日帰りが可能であります。
但し山道など道路事情が良くない区間、札所も多いです。
自転車
自転車を利用して参拝する巡礼者もいます。
ルートは自動車を利用する場合とほぼ同じだが、山寺などへのルートは急坂が多いため、登りはともかく降りは注意しないと危険であります。
きちんと(特にブレーキを)整備した自転車を用い、極端に安価な軽快車(ママチャリ)や折り畳み自転車は避けたい(ブレーキや構造上に問題がある場合が多い)。
徒歩
伝統的には、四国遍路は「歩き」(歩き遍路と呼ばれる)で、1日30km歩いても約40日を要します。
一時期は峠道や山道などの旧来の遍路道も廃れ、幹線道路になった遍路道は車の排気ガスが充満するなど歩き遍路にとってはつらい状況になったが、排気ガス規制や、寺院や地元の人たち、へんろみち保存協力会などによって、遍路道の整備や復興、道しるべの設置などが行なわれ一時期よりは歩きやすくなりました。
国道55号などの遍路道と幹線道路とが一体化している道や旧来の遍路道では、遍路装束の歩き遍路を目にすることができます。
歩き遍路向けに歩き遍路のルートを解説した書籍も何点か販売されています。
また、全行程ではないが、いくつかの区間においてハイキングも兼ねたウォークガイド本も出ています。
バスによる団体巡礼
昭和40年代からの四国内の道路事情の改善もあり、大型観光バスによるお四国巡りの団体巡礼が企画催行されています。
何泊もしながら1回で回り切る本格的なもの、一国参りといって一つの県内を回るもの、原則日帰りで、1回で10か寺程度ずつお参りし、何回かのツアーに参加して結願となる手軽なものなど、さまざまであります。
地元の会社が主催する四国発着の団体巡礼もあるが、大手ツアー会社が主催する関西や中国地方からの団体巡礼も多く、近年では関東などからの団体巡礼も増えています。
団体巡礼では本堂や大師堂での読経は先達(後述)や僧侶が先導してくれ、納経帳に判を貰うのは添乗員が代行してやってくれます。
このようなツアー会社やバス会社主催の団体巡礼以外にも、札所や寺院、各地の参拝団(講)が主催する団体巡礼もあります。
小規模な団体や大型バスが通行できない札所への参拝は、マイクロバスやジャンボタクシー等も利用されています。
公共交通機関の利用
体力や身体的な理由などですべてを徒歩で巡礼するのは無理だが、できる限り歩きつつ公共交通機関を利用する巡礼者もいます。
四国運輸局では、公共交通を利用した四国遍路のためのガイドリーフレットを作成、配布しています。(2006年〜)
便利な自動車遍路
自動車を利用して、巡礼する人も多いです。
マイカーを利用したり、遠方からは四国でレンタカーを借りて巡礼する人もいます。
四国の出先機関に赴任してきた人の中には、休日を利用して少しずつ計画的に回る人もいます。
今では、高速道路を利用すれば、四国の主要都市からほぼどの札所へも日帰りが可能であります。
但し山道など道路事情が良くない区間、札所も多いです。
自転車
自転車を利用して参拝する巡礼者もいます。
ルートは自動車を利用する場合とほぼ同じだが、山寺などへのルートは急坂が多いため、登りはともかく降りは注意しないと危険であります。
きちんと(特にブレーキを)整備した自転車を用い、極端に安価な軽快車(ママチャリ)や折り畳み自転車は避けたい(ブレーキや構造上に問題がある場合が多い)。
四国 八十八ヵ所 遍路の成立 代以降の参り方 遍路の「観光化」人数は定かではないが、年間30万人(うち歩き遍路が5000人)ともいわれています
四国 遍路の成立と近代以降の参り方
修行の地、四国
古代から、都から遠く離れた四国は辺地と呼ばれていました。
平安時代頃には修験者の修行の道であり、讃岐国に生れた若き日の空海もその一人であったといわれています。
空海の入定後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めました。
これが四国遍路の原型とされています。
時代がたつにつれ、空海ゆかりの地に加え、修験道の修行地や足摺岬のような補陀洛渡海(補陀洛山寺#補陀洛渡海)の出発点となった地などが加わり、四国全体を修行の場とみなすような修行を、修行僧や修験者が実行しました。
また、西行の白峰御陵(白峰寺)の参拝、弘法大師遺蹟巡礼や、一遍の影響もあるといわれています。
室町時代には僧侶の遍路が盛んになりました。
四国遍路の成立
江戸時代初期に「四国遍路」という言葉と概念が成立したとされます。
この頃には僧侶だけでなく民衆が遍歴しはじめました。
17世紀には真念という僧によって『四国遍路道指南』(-みちしるべ)という今日でいうガイドブックが書かれています。
手の形の矢印で順路を示した遍路道の石造の道しるべも篤志家によってこの時期に設置され始めたと言われています。
修行僧や信仰目的の巡礼者以外にも、ハンセン病患者などの、故郷を追われた、もしくは捨てざるをえなかった者たちが四国遍路を終生行いました。
また、犯罪やそれに類する行為で故郷を追われた者も同様に居たといわれています。
もっともこれらの者たちも、信仰によって病気が治るのではないかという期待や、信仰による贖罪であったので、信仰が目的であったともいえます。
また、信仰によって病気や身体の機能不全が直るのではないかと一縷の望みをかけ、現代でいう視聴覚障害者や身体障害者が巡礼することも始まりました。
その後、地区によっては一種の通過儀礼として村内の若衆が遍路に出るといったこともあったとされます。
近代における遍路の「観光化」
昭和30年代頃までは「辺土」と呼ばれ、交通事情も劣悪で、決して今日のような手軽なものではなかったようです。
今日でこそその心理的抵抗は希薄になっているが、どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束であり、その捉え方も明るいイメージではなかったです。
しかしながら、次第に観光化の道を歩み始めました。
近代以降、四国遍路はさまざまな場面で取り上げられることとなりました。
以下は、森正人の『四国遍路の近現代―「モダン遍路」から「癒しの旅」まで』創元社に詳しく紹介されているが、1908年には現在の『毎日新聞』の前身である『大阪毎日新聞』で、四国遍路の巡礼競争が企画された。全国紙での企画ではこれが最初のものであるらしいです。
1930年代には乗り物を用いて、旅館などに宿泊する人々が登場しました。
彼らは「モダン遍路」と呼ばれました。
四国遍路は観光としてみなされたのだったようです。
観光として四国遍路を捉える人々に対して、伝統的な四国遍路を主張する「遍路同行会」が1929年に東京に誕生しました。
ちなみに同書によると、現在のような四国霊場会は昔は存在しなかったが、1910年ごろに小林正盛という人物が組織された形跡があるらしいです。
ただし実質的な活動はしておらず、1942年に善通寺を中心とした「四国八十八ヶ所霊場会」が組織されたのが、四国側での活動組織となっています。
この霊場会の組織に先立って1937年、大阪の南海電鉄によって「四国八十八ヶ所出開帳」というイベントが開かれました。
このとき、それまで全寺院が協力して何かを成し遂げることなどなかったのに、初めて全寺院が団結して出開帳を成功させました。
「この経験が、1942年の霊場会の成立と関わっているのではないか」と、同書は解説しています。
現代
現代においては、従来の信仰に基づくものや、現世・来世利益を期待する巡礼者も引き続き大勢いるが、1990年代後半からは信仰的な発心よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての巡礼者が増えたといわれています。
一時期減ったといわれるすべての札所を徒歩で巡礼する歩き遍路も同じころから増えました。
また、バックパッカー的な感覚やトレッキングを楽しむ感覚で遍路をする者も増えたといわれています。
今治明徳短期大学など、四国の大学・短期大学の中には歩き遍路を自分を見つめなおす機会ととらえ、教育課程に組み込んでいる学校もあります。
その人数は定かではないが、年間30万人(うち歩き遍路が5000人)ともいわれています。
修行の地、四国
古代から、都から遠く離れた四国は辺地と呼ばれていました。
平安時代頃には修験者の修行の道であり、讃岐国に生れた若き日の空海もその一人であったといわれています。
空海の入定後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めました。
これが四国遍路の原型とされています。
時代がたつにつれ、空海ゆかりの地に加え、修験道の修行地や足摺岬のような補陀洛渡海(補陀洛山寺#補陀洛渡海)の出発点となった地などが加わり、四国全体を修行の場とみなすような修行を、修行僧や修験者が実行しました。
また、西行の白峰御陵(白峰寺)の参拝、弘法大師遺蹟巡礼や、一遍の影響もあるといわれています。
室町時代には僧侶の遍路が盛んになりました。
四国遍路の成立
江戸時代初期に「四国遍路」という言葉と概念が成立したとされます。
この頃には僧侶だけでなく民衆が遍歴しはじめました。
17世紀には真念という僧によって『四国遍路道指南』(-みちしるべ)という今日でいうガイドブックが書かれています。
手の形の矢印で順路を示した遍路道の石造の道しるべも篤志家によってこの時期に設置され始めたと言われています。
修行僧や信仰目的の巡礼者以外にも、ハンセン病患者などの、故郷を追われた、もしくは捨てざるをえなかった者たちが四国遍路を終生行いました。
また、犯罪やそれに類する行為で故郷を追われた者も同様に居たといわれています。
もっともこれらの者たちも、信仰によって病気が治るのではないかという期待や、信仰による贖罪であったので、信仰が目的であったともいえます。
また、信仰によって病気や身体の機能不全が直るのではないかと一縷の望みをかけ、現代でいう視聴覚障害者や身体障害者が巡礼することも始まりました。
その後、地区によっては一種の通過儀礼として村内の若衆が遍路に出るといったこともあったとされます。
近代における遍路の「観光化」
昭和30年代頃までは「辺土」と呼ばれ、交通事情も劣悪で、決して今日のような手軽なものではなかったようです。
今日でこそその心理的抵抗は希薄になっているが、どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束であり、その捉え方も明るいイメージではなかったです。
しかしながら、次第に観光化の道を歩み始めました。
近代以降、四国遍路はさまざまな場面で取り上げられることとなりました。
以下は、森正人の『四国遍路の近現代―「モダン遍路」から「癒しの旅」まで』創元社に詳しく紹介されているが、1908年には現在の『毎日新聞』の前身である『大阪毎日新聞』で、四国遍路の巡礼競争が企画された。全国紙での企画ではこれが最初のものであるらしいです。
1930年代には乗り物を用いて、旅館などに宿泊する人々が登場しました。
彼らは「モダン遍路」と呼ばれました。
四国遍路は観光としてみなされたのだったようです。
観光として四国遍路を捉える人々に対して、伝統的な四国遍路を主張する「遍路同行会」が1929年に東京に誕生しました。
ちなみに同書によると、現在のような四国霊場会は昔は存在しなかったが、1910年ごろに小林正盛という人物が組織された形跡があるらしいです。
ただし実質的な活動はしておらず、1942年に善通寺を中心とした「四国八十八ヶ所霊場会」が組織されたのが、四国側での活動組織となっています。
この霊場会の組織に先立って1937年、大阪の南海電鉄によって「四国八十八ヶ所出開帳」というイベントが開かれました。
このとき、それまで全寺院が協力して何かを成し遂げることなどなかったのに、初めて全寺院が団結して出開帳を成功させました。
「この経験が、1942年の霊場会の成立と関わっているのではないか」と、同書は解説しています。
現代
現代においては、従来の信仰に基づくものや、現世・来世利益を期待する巡礼者も引き続き大勢いるが、1990年代後半からは信仰的な発心よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての巡礼者が増えたといわれています。
一時期減ったといわれるすべての札所を徒歩で巡礼する歩き遍路も同じころから増えました。
また、バックパッカー的な感覚やトレッキングを楽しむ感覚で遍路をする者も増えたといわれています。
今治明徳短期大学など、四国の大学・短期大学の中には歩き遍路を自分を見つめなおす機会ととらえ、教育課程に組み込んでいる学校もあります。
その人数は定かではないが、年間30万人(うち歩き遍路が5000人)ともいわれています。
